「八重歯が可愛いね」と言われた時、多くの人が思い浮かべるのは、口元でチャーミングに覗く、少し外側に飛び出した尖った歯ではないでしょうか。この歯を指して「犬歯」と呼ぶ人もいれば、「八重歯」と呼ぶ人もいて、両者を混同しているケースは少なくありません。しかし、厳密には「犬歯」と「八重歯」は全く異なる意味を持つ言葉です。まず「犬歯」とは、歯の種類を指す名称です。前から数えて三番目に位置する、先端が尖った形状の歯のことを言います。正式には「犬歯(けんし)」と読みますが、一般的には「糸切り歯」とも呼ばれ、食べ物を引き裂くという重要な役割を担っています。これは、上下左右に合計四本存在し、誰もが持っている永久歯の一つです。一方で、「八重歯」とは、歯並びの状態を表す言葉です。歯が本来並ぶべき歯列のアーチから外れて、重なり合って生えている状態を指します。つまり、犬歯は「歯のパーツ名」であり、八重歯は「歯並びの症状名」なのです。では、なぜこの二つが混同されやすいのでしょうか。それは、八重歯になる歯が、圧倒的に犬歯であることが多いからです。永久歯は生えてくる順番がある程度決まっていますが、犬歯は他の歯に比べて比較的遅い段階、だいたい10歳から12歳頃に生えてきます。その頃には、すでに他の永久歯が歯列に並んでしまっているため、最後にやってきた犬歯が生えるための十分なスペースが残っていないことがあります。行き場を失った犬歯は、仕方なく歯列のアーチの外側や、他の歯と重なる位置に無理やり萌出しようとします。この結果、一般的にイメージされる「八重歯」という状態が完成するのです。したがって、「犬歯が八重歯になっている」というのが最も正確な表現と言えるでしょう。