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歯科医師が語る血餅の本当の価値とは
患者さんから「血餅が取れそうで怖い」という相談を受けるたび、私たちはその重要性を改めてお伝えしています。皆さんが「血の塊」と認識している血餅は、単なるかさぶたではありません。それは、抜歯という外科手術後の傷を、最も理想的な形で治癒へと導くための、非常に高機能な生体材料なのです。歯科医師の視点から、血餅が持つ本当の価値について少し詳しくお話ししましょう。抜歯後の穴、専門的には「抜歯窩」と呼びますが、ここは顎の骨が露出した状態です。もし血餅がなければ、この骨は口の中の無数の細菌や食べかすに直接晒され、激しい感染を起こすリスクに常に苛まれます。血餅は、この無防備な骨を外界から守る、完璧な物理的バリアとして機能します。しかし、血餅の役割は防御だけではありません。その真価は、治癒を積極的に促進する「足場」としての役割にあります。血餅の中には、フィブリンという線維状のタンパク質が網目構造を作っています。この網目は、まるでジャングルのように入り組んでおり、新しい組織を作るための細胞たちが移動し、増殖するための絶好の「足場(スキャフォールド)」となるのです。歯茎からやってきた線維芽細胞は、この足場を伝ってコラーゲンを作り、骨からは骨芽細胞がやってきて、新しい骨の素を産生します。つまり、質の良い血餅が存在することが、後の丈夫な骨と美しい歯茎の再生に不可欠なのです。逆に、血餅が失われるドライソケットの状態では、この足場がないため、治癒のプロセスがゼロからやり直しになります。周囲の歯茎から、非常にゆっくりとしか組織が再生してこないため、治癒期間が何倍にも長引いてしまうのです。私たちが「血餅を大事にしてください」と繰り返しお伝えするのは、皆さんの体を無用な痛みから守るためであると同時に、この素晴らしい自然治癒のプロセスを最大限に活かし、最も良い結果を得ていただくためなのです。