見た目には全く異常がないのに、舌だけが、火傷をしたかのようにヒリヒリ、ピリピリと痛む。この、原因不明の舌の痛みが長期間(3ヶ月以上)続く状態を、「舌痛症(ぜっつうしょう)」と呼びます。専門的には「バーニングマウス症候群(BMS)」とも呼ばれ、特に更年期以降の女性に多く見られることが知られています。舌痛症の痛みは、非常に特徴的です。多くの場合、朝起きた時は症状が軽いか全くなく、午後から夕方にかけて徐々に痛みが強くなっていきます。そして、何かに集中している時や、食事中、会話中には痛みが紛れて、あまり気にならなくなるという傾向があります。痛みの場所は、舌の先端や両脇であることが最も多いですが、舌全体や、上顎、唇にまで広がることもあります。この病気の最もつらい点は、見た目に異常がないため、周りの人や、時には医療関係者にさえも、その痛みを理解してもらえないことです。「気のせい」「精神的なもの」と片付けられてしまい、孤立感を深めてしまう患者さんも少なくありません。舌痛症の明確な原因は、まだ完全には解明されていません。しかし、最近の研究では、味覚を伝える神経や、痛みを感じる神経の、何らかの機能異常、つまり「脳の誤作動」によって、痛み信号が過剰に発生しているのではないかと考えられています。また、その引き金として、ささいな口の中の傷や、歯科治療、あるいは精神的なストレス、不安、うつ状態などが、複雑に関与しているとされています。治療法も確立されていませんが、一般的には、まず、ドライマウスや金属アレルギー、カンジダ症など、痛みを引き起こす他の明らかな原因がないかを徹底的に除外します。その上で、痛みを和らげるための薬物療法(抗うつ薬や抗てんかん薬など、神経の興奮を抑える薬が使われることがあります)や、心理療法、認知行動療法などが試みられます。すぐに完治する病気ではありませんが、信頼できる医師と共に、根気強く治療を続けること、そして「この痛みは気のせいではない」と自分自身で受け入れ、ストレスを溜めずにリラックスして過ごすことが、つらい症状と上手に付き合っていくための第一歩となるのです。