それは、半年ほど前のことでした。何気なく下唇の内側を舌で触った時に、米粒くらいの大きさの、ぷくっとしたしこりがあることに気づきました。押してみても全く痛みはなく、見た目も水ぶくれのようで、特に気にするほどのものでもないように思えました。おそらく、食事中にうっかり噛んでしまったのだろう。そう自己判断した私は、そのしこりを放置することに決めたのです。最初のうちは、時々気になって舌で触ってしまう程度でしたが、数週間が経つと、そのしこりは少しずつ大きくなっているように感じました。食事の際に、歯に当たって邪魔に感じることも増えてきました。そして、ある日、硬いパンを食べていた時に、プチッという嫌な感触と共に、しこりが潰れてしまったのです。中から、少し粘り気のある液体が出てきて、しこりは一時的に小さくなりました。「ああ、これで治ったんだ」と安心したのも束の間、数日後には、同じ場所に前よりも少し大きなしこりが再発していました。潰れては再発する、というサイクルを三回ほど繰り返した頃、私はようやく「これは普通の状態ではない」と悟り、重い腰を上げて近所の歯科医院を受診しました。診断は「粘液嚢胞(ねんえきのうほう)」というものでした。唾液を出す小さな管が、噛んだりする刺激で傷ついて詰まってしまい、唾液が袋のように溜まってしまう良性の病気だということでした。痛みがないからと放置していた結果、何度も再発を繰り返すうちに、嚢胞の壁が厚くなり、周囲の組織と癒着してしまっているとのこと。治療法は、この嚢胞を、原因となっている小唾液腺ごと切除する簡単な手術が必要だと説明されました。手術自体は日帰りで済みましたが、麻酔の注射や、術後の腫れ、そして数針縫った傷口が治るまでの不自由さを経験し、私は心から後悔しました。あの最初の小さなうちに受診していれば、もっと簡単な処置で済んだかもしれない。痛みがないから大丈夫、という素人判断がいかに危険であるかを、身をもって学んだ出来事でした。