ある日ふと、舌で口の中を探ると、今までなかったはずの「しこり」に気づく。硬かったり、弾力があったり、感触は様々ですが、押してみても特に痛みはない。痛みがないからこそ、「まあ、そのうち治るだろう」と楽観視してしまいがちです。しかし、口の中にできた痛くないしこりは、決して自己判断で放置してはいけない、体からの重要なサインである可能性があります。口の中にできるしこりの原因は、実に多岐にわたります。最も多く見られるのは、「線維腫(せんいしゅ)」や「乳頭腫(にゅうとうしゅ)」といった良性の腫瘍です。これらは、合わない入れ歯や、歯並びの悪い歯が、常に粘膜を刺激し続けることで、反応性に組織が硬く盛り上がってできるものです。また、唾液を作る小さな腺(小唾液腺)の出口が詰まって、唾液が風船のように溜まってしまう「粘液嚢胞(ねんえきのうほう)」も、特に下唇によく見られる柔らかいしこりの一つです。骨が部分的に盛り上がってできる「骨隆起(こつりゅうき)」も、硬いしこりとして感じられることがあります。これらは、いずれも良性のもので、急いで治療が必要なわけではありませんが、大きくなって食事や会話の邪魔になったり、繰り返し傷つけたりする場合には、切除の対象となります。しかし、忘れてはならないのが、痛くないしこりの中には、ごく稀に「口腔がん」という悪性の病気が隠れている可能性もあるということです。特に、しこりの表面がただれていたり(潰瘍)、境界が不明瞭で、じわじわと大きくなっていたりする場合には、注意が必要です。痛みがないことは、決して安全の証拠ではありません。むしろ、初期のがんほど痛みがないことが多いのです。口の中にできた、原因不明の痛くないしこり。それに気づいた時が、専門家である歯科医師や口腔外科医に相談する絶好のタイミングです。不安を抱えたまま過ごすのではなく、勇気を出して受診し、その正体を明らかにすることが、安心への第一歩であり、万が一の事態に備えるための最も賢明な選択と言えるでしょう。