朝の口のネバネバが、歯を失う原因となる「歯周病」のサインかもしれないと聞いても、すぐにはピンとこないかもしれません。なぜ歯周病になると、口の中がネバネバするのでしょうか。そのメカニズムを理解するためには、歯周病菌の生態を知る必要があります。歯周病は、歯の表面に付着した歯垢(プラーク)の中に潜む、歯周病菌によって引き起こされる感染症です。この歯周病菌は、非常に厄介な性質を持っています。彼らは、自分たちの住処を守り、増殖するために、「バイオフィルム」というネバネバしたバリアを形成します。このバイオフィルムは、台所の排水溝のヌメリのようなもので、強力に歯の表面に付着し、抗菌薬や体の免疫細胞からの攻撃をブロックします。口の中のネバネバ感の正体の一つが、このバイオフィルムそのものなのです。バイオフィルムの中で安全に増殖した歯周病菌は、歯と歯茎の間に侵入し、毒素を出し始めます。この毒素に反応して、私たちの体は防御反応として炎症を起こします。これが「歯肉炎」です。歯茎が腫れ、出血しやすくなります。この炎症によって、歯茎から滲み出る浸出液や、剥がれ落ちた粘膜の細胞、そして細菌の死骸などが唾液と混ざり合うことで、唾液の粘度が高まり、さらにネバネバ感が強くなります。この状態を放置すると、炎症は歯を支える顎の骨(歯槽骨)にまで及び、骨をじわじわと溶かし始めます。これが「歯周炎」です。骨という土台を失った歯は、次第にグラグラと揺れ始め、最終的には自然に抜け落ちてしまうのです。恐ろしいことに、歯周病は初期段階ではほとんど痛みがありません。だからこそ、「口がネバネバする」「歯磨きの時に血が出る」といった、ごく初期のサインを見逃さず、早期に対処することが何よりも重要になるのです。そのネバつきは、あなたの歯の土台が静かに崩れ始めていることを知らせる、悲鳴なのかもしれません。