楽しいはずの旅行中や、全ての歯科医院が閉まってしまった深夜の時間帯に、不意に歯が欠けてしまう。そんな絶望的な状況に追い込まれたとき、多くの人はパニックになり、夜通し痛みに耐えたり、逆に放置してしまったりします。しかし、たとえ医療機関がすぐに利用できない状況であっても、適切な応急処置を行うことで、その後の被害を最小限に食い止めることは十分に可能です。旅先であれば、まずホテルのアメニティや近くのコンビニエンスストア、ドラッグストアを活用しましょう。歯の破片が見つかった場合、乾燥を防ぐための容器と、保存液代わりの「牛乳」を確保してください。ホテルの冷蔵庫にあるミニサイズの牛乳や、深夜のコンビニで売っている牛乳で構いません。もし牛乳が手に入らない僻地や海外であれば、コンタクトレンズ用の生理食塩水、あるいは最悪の場合でも「水に塩を0.9パーセントの濃度で溶かした自作の食塩水(水500ミリリットルに対し塩4.5グラム)」で代用します。水道水そのものに浸すよりは、はるかにマシな結果を生みます。次に、欠けた部分が鋭くなっていて口の中を切ってしまいそうな場合、ドラッグストアで「歯科用仮封材」や「歯の応急処置キット」を探してみてください。これは、欠けた部分に一時的に粘土のようなものを詰め、刺激から神経を保護するものです。もし手に入らない場合は、清潔なデンタルワックスや、一時的にガム(砂糖不使用のもの)を噛んで患部を覆うというのも、緊急避難的な知恵としては存在しますが、これはあくまで粘膜保護のためであり、長時間は推奨されません。また、夜間の痛みに対しては、手持ちのロキソニンやイブプロフェンといった鎮痛剤を服用して体力を温存することが大切です。ただし、痛みがあるからといって、患部を保冷剤でキンキンに冷やしすぎるのは注意が必要です。冷たすぎる刺激は、露出した神経に激痛を与える「誘発痛」の原因になります。常温か、わずかに冷たい程度のタオルで頬を抑える程度に留めましょう。そして、最も重要なのは、翌朝の診療開始時間と同時に、現地の歯科医院、あるいは帰宅後すぐに受診できるよう予約を取ることです。旅先であっても、歯科の救急体制は多くの自治体で整っています。ホテルのフロントや現地の観光案内所に、休日夜間診療所の場所を確認してください。私たちが最も避けるべきは「旅行が終わるまで数日間放置する」という選択です。その数日間のうちに、救えるはずだった神経が死んでしまい、高額で長期にわたる根管治療が必要になってしまうケースが後を絶ちません。たとえ異国の地や真夜中であっても、今できる「乾燥防止」と「患部保護」を徹底し、可能な限り早くプロの手に委ねるという決意が、あなたの旅の思い出を台無しにせず、大切な歯を一生守り抜くための最強の護身術となるのです。
旅先や夜間に歯が欠けた場合の絶望を防ぐための応急処置